読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kobeniの日記

仕事・育児・伏し目がちなメガネ男子などについて考えています

「愛しているから結婚します」とは言わせない国ニッポン。

結婚

昨日の19時半からやっていたNHKの「日本のこれから 独身者急増!“未婚社会”」を見た感想を。基本的な番組の流れはこちらのブログ要は金の問題 - 北沢かえるの働けば自由になる日記に詳しいです。(感想も的を射てます!)向かって右側に既婚者男女、左側に未婚者男女、まんなかにパネリストで議論が進んでいきました。以下、私が印象に残ったこと。

※ホットエントリからのリンクは冒頭にしてあったのですが、追記していたら消えてしまいました。そちらから来て期待はずれだった方すいません。




■男女の意識のミスマッチが気になった


『結婚において収入にこだわるべきか否か』という番組側の質問に、独身女性は「こだわるべき」独身男性は「こだわるべきでない」と、はっきりと分かれてしまった。男が稼ぎ、女は家庭にという価値観を、男性が主導で押し進めてきたのだとすると、その価値観が男性側から崩壊しているのが、ちょっと驚きだった。やっぱり、それだけ不景気の個人への打撃が大きいんだろう。
一方で、20代30代の女性を中心に、「男が稼ぎ、女は家庭に」という価値観に賛成の人が増えている、というデータが登場する。
景気の悪化を受けて、男性は「もはや自分に収入を期待されても困る」と思っているけれど、女性は「ますますもって男性の稼ぎは大事だわ」と思っている、ということだろうか。
ただし、これは女性の考えが甘いというよりも、番組内でも言われていたが、現実的に女性が男性同等に稼ぐことを企業が拒んでいる現実があるからだろう。未だ企業は一部の正社員男性を中心に回っているから、女性が男性の総合職と同じ権利を得続けることは困難だ。
でも、たとえ今の20代が専業主婦願望を持って結婚しても、いずれ彼女達も働かざるを得ない状況がやってくる。ということを、男性陣は分かっている、というか「分かれよ」と言っているようだった。



■結婚=愛、とはもはや誰も思っていない


番組中で、菊川怜がひとり「ていうか、もっとシンプルに、愛し合ってる人とどう生きていきたいか、ってことじゃないんですか!!」と声を荒げていた。それが浮いてしまう「結婚」観ってどうなのか。とにかく議論になっていたのは、「制度」としての結婚の側面ばかりだった。

「日本人は、恋愛を前提に結婚したことがない民族なんですよ」

と、どこかの教授が言っていて、えーそうなの?!と思ったが、確かに貴族の政略結婚しかり、家同士のお見合いしかり。「愛」だけでは結婚できない結婚制度の現実とは、いったい何なのか。

1 結婚すると、結婚式をしなくてはならない
2 結婚すると、新居に引越をしなくてはならない
3 結婚すると、女子供を扶養する義務がある(男)
4 結婚すると、出産・育児でブランク等が発生するため仕事を解雇、キャリアダウンさせられる(女)
5 結婚すると、お互いの両親に対しても介護などの義務が発生する(男、女)
6 結婚すると、姓を変えなくてはならない(女)
7 結婚すると、その人だけを愛さなくてはならない(貞操の義務)

うーん、こう書いてみると、「大変そう」だなあ。
この中で法律で定められているのはどれなんでしょうか。姓(女性が、というのは伝統的な習慣で、実際は男女どちらかが変更する)と貞操??少なくとも扶養や介護に関しては、長男がしなければならない、という法律は、もうないはずだよね?嫁の、義両親への介護義務もないはず。

既婚女性の主婦の方が、
「もし娘さんをください、でも貯金は一円もありませんという男性が来たら、親としてはやっぱりノーですよね」
という意見を言っていた。これがかなり象徴的だと思う。結局のところ現実に法律などの縛りがなくても、上記のような伝統的価値観から、若者も、中高年も、抜け出せない。




■「愛しているので結婚します」と言わせてよ


男性の経済力が不安なら女性も働き続ける覚悟をすればいいし、老後うんぬんについては「家族」という単位のみに解決を委ねるのをやめた方がいい。なんかとりあえず企業も、政治も、みんなの価値観も、「愛しているので結婚します。子供をつくります」と言う若者を許せるように変わっていかないもんか。

「結婚以上にうまい制度が存在しない」という教授の意見があったが、
「人はひとりの人を、愛し、愛され続けたい」というのが、今んところの人類のFAなのだろう。番組では「恋愛を抜きにした結婚」の話も出ていたが、家族をつくるための制度としての結婚の方へ寄っていくよりも、「愛」を動機とした結婚、そっち方面の純度を上げる方が、なんか私は人間らしい気がするんだが。


健やかなる時も病める時も、一生、愛し合って生きていくということを、周囲に「約束」するのが結婚。あと、「自分」にも約束する。「愛」っていうのは、養うとか養わないとか、そういう主−従の関係ではないはずだし、金銭とも無関係。そうだったらいいのになあ。

90年代に「愛だろ、愛」というコピーが流行りましたが、「愛だろ、愛」に、「w」とか「orz」とか、つけない国ニッポンにしたいもんです。



追記
えっと…
間違ったことを書いてる点については訂正していきます、すいません。勉強が足らないですね。

確かに、結婚という制度があるから、オフィシャルに家族になることで自分の「愛」を確信できるということはあると思います。

しかし「愛」以外に準備するものや覚悟するものや、結婚とひきかえに失うものが多すぎるのが、今の日本の結婚制度になっていないのかなあ、ということを言いたかったです。論理的に破綻している部分があったらゴメンナサイ。あまりロジカルな人間ではないので…

愛し合ってる、というだけで家族になったり子供をつくっちゃ、いけないんでしょうかね。


それから、「愛を介さない結婚」の方が、長い歴史の中では自然だったのだとすれば、もう一度考えてみる余地があるのかな。例えば結婚というスタイルがどうも自分に合わない、satcのサマンサみたいな(笑)人は家族を作っちゃいけないのか、とか。結婚はしたくないけど子供は欲しい、と言っている人がけっこういることも、気になっています。また別エントリで考えてみたいです。


さらに追記

予想以上にPVやブクマが上がっていて正直、ビビっています!ビビっています!どうか、お手柔らかに…