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kobeniの日記

仕事・育児・伏し目がちなメガネ男子などについて考えています

怖いけど、聞けてよかった〜「生活目線でがんを語る会」を観ました〜

こんばんはkobeniです、お久しぶりですね。いつも最初に小ネタを書いてから本題に入るのですが、さいきん小ネタを思いついたら全部ツイッターでつぶやいてしまっているので、特にありません。しいて言えば、そんな話(ツイッター、私はよくやってるけど○○ちゃんはやらないの?)を後輩にしたら「私、そんなにオープンマインドじゃないんで」と言われた。ということぐらいですかね。


さて昨日、六本木のミッドタウンにて「生活目線でがんを語る会」というものが開催されました。私は会場に行くつもりで、申し込みもしていたのですが、息子の体調が芳しくなく、行けない…ガーン(不謹慎!でも本当にそう思った)となっていたところ、USTでの中継があると知り、リアルタイムで視聴させて頂きました。いやー本当に良い時代ですね。インターネッツすばらしい。
私は身内にがんにかかった人間がおりまして、そういった点でも他人事ではありません。この「生活目線でがんを語る会」が、いわゆる「がんという病気の勉強会」と異なる点は、治療をしている患者の方だけでなく、「患者の家族」という立場の方々からのお話もあるということ。2時間半に渡り、性別も年齢も様々な方が、生々しい体験談を語っておられました。本やニュースから得られる情報とは、一風異なっており印象的だったので、全体の感想を書いてみます。*1




■ フツーに生活していた人が、ある日とつぜん闘病生活に


がん経験者の方々は、「昨日までフツーに生活してました」という感じの方ばかりだったのが印象的でした。もちろん、体に不調は出るので、それで病気に気がつくのだけど、「昔から体が弱くて…」ということはない。特に乳がんは、「なんか、しこりがあるなー」という自覚症状で気がついたというお話が多かったです。(ちなみに卵巣がんは、自覚症状がないまま進行が進むようで、早期発見が難しいのだそうです)



きょうも、昨日と同じように暮らしていくのが当たり前。と思って生きている日に、突然「がん」という病気がやってくる。それは誰にでも起こりうることなんだなと、あらためて思いました。「がん家系じゃないから、と安心していたら、がんになった」という方もいましたよ。




■がんの治療をしながら、仕事を続けている人がいる


音声だけで登場された方で、「転職したばかりの時に乳がんが発覚し、抗がん剤治療をしながら仕事に通っていた」という方がいらっしゃいました。少し前まで私には、「がん=ものすごい大病」というイメージがあって、かかったらみんな即入院生活になるんだろう、と思っていましたが、そういうことばかりでもないようです。私の身近な患者の方も、月に数回、病院に通って抗がん剤治療を受けていますが、その他はふつうに自宅で過ごしています。とはいえやはり、抗がん剤を使用した日から数日は、かなり肉体的に辛いようです。吐き気やだるさなどの副作用があるので。
そういった辛い症状があっても、仕事を続けていこうという人はいます。副作用は一時的なものであるし、仕事は自分の誇りでもあるだろうし。実際問題お金がかかるから、辞められないということもあるでしょう。また、もし仕事をしていなかったら、ずっと病気とだけ向き合わなくてはならず(病気のことを忘れる瞬間がない)、それも辛いのではないかなあと想像します。


とはいえ、私が以前に持っていた「がん」=大病というイメージはまだまだ、雇う側の企業にもあると思いますし、がんだったということは履歴書に書けないとか、患者の就労の問題は、多岐に渡って存在するようです。




■治療費が高い、という問題


抗がん剤治療は、一度行ったら終了というわけではなく、継続的に何度も行うものなんですよね。Aが効かなくなったらBを試す、というようなこともあるわけで。
最初にお話をされた、あまのゆかさん@が、
「抗がん剤は高い(検査費用も高い)ので、生活保護を受けたらと言われて問い合わせたら、『まず家賃5万のところに引越してもらいます』と言われた」というようなことをおっしゃってました。月に数万の治療費を援助してもらいたいだけなのに、というニーズと、生活保護の支給基準があまりマッチしてないようです。がん保険とか、高額療養費制度では賄いきれないケースということでしょうが、私は勉強不足で、この治療費の問題の、どこをどう解決すればよいのか?というところまでは分かりません。ただ「抗がん剤は一回で4〜5万かかる」「検査も1回で1万位かかる」というお話は、個人的に知っているケースと合致するので、事実だと認識してます。また、抗がん剤でも保険が効くものと効かないものがあったりするんですよね。
非常に単純な考えで申し訳ないですが、貯金があって年金があって、保険にも入っているような、年齢が高めの方はなんとかやりくりできても、30代40代といった、まだ働き盛りの方のケースにおいて、なんらかのケアが不十分なのかもしれません。




■検査を受けよう、限りある人生をしっかり生きよう


ありきたりですが、皆さんのお話を聞いて思ったのは「ああこれは、病気というか人生の話だ」ということです。例えば、上野さん@がおっしゃっていた
「実際に治療をはじめている人(彼の場合は母親)に、『あれはどこにあるの』などと訊ねることは、『あなたは死ぬんですよ』と言っていることになり、聞きづらい。なのでお母さんが亡くなったあとに、実際にどこになにがあるか分からなくて困ってる」という話とか、「上海蟹を食べたいと言っていたことがあって、食べさせてあげたかった」という話が、なんだかとても印象に残っています。
自分の大切な人を病気で亡くすということは、当然とても辛いことでしょう。「怖い」とか「不安」とか「なんで自分だけ」いう気持を抱えながらも、現在も進行中の闘病生活について客観的に話をするのも、なかなか楽なことではないと思います。それでも、今のところ健康な私たちに、何かしら伝えたいことがあったから、彼らは登壇してくれたのだろうなと思います。


「忙しい」を言い訳に自分の体に無頓着にならず、キチンと注意を払って検査などを受ける。周囲に、治療をしている人がいたら、彼らの存在とか状態をキチンと知って、必要があればサポートをする。また、人はいつか必ず死ぬので、そういう有限な人生で自分は何をしたいのか?ということに、ちゃんと向き合って生きる。(上海蟹を早めに食べておくとかそういうことが大事!)


この会を通して、いろんなことを受け取ったので、とりあえず私は年に一回は婦人科系のがん検診に行くことにします。乳がんは、30代のうちはマンモグラフィだと見つかりにくいので、エコーの方がよいみたいですよ。



日本人って割と、「人っていつか死ぬんだし」ということに向き合うのが上手な民族なんじゃないかな。って思います。お盆とか、いろんな行事を見ててそう思う。大昔の話ですけど、高い位の人が死んだ時に、死んでしばらくは「あの人の魂が戻ってくるかもしれないしなー」と、歌を詠んで呼び戻そうとしたりしていたらしい。で、さすがに戻ってこないなと思った頃に、「さようなら…」と、今度はあの世へ送る歌を詠んでいたとか。それを聞いて、なんかサイコーだな昔の日本人!って思いました。けれど最近の私たちはどうだろう。まるで自分が、最初から大人で、完成された体を持ってこの世に現れて、ずっと生きてくみたいな顔して暮らしちゃってる。少なくとも私はそうです。身近な人を亡くした経験が、あまりないからかもしれません。そういうのは良くないな、と思う次第です。


そんでとりあえず、「私が先に死んじゃうかもしれないし、お母さんがいないと、何がどこにあるかわからない、という状態は避けよう!」と思ったけど、どっちかというとダンナが居なくなる方が、うちは混乱する…ということに気がついた、夏の宵だったのでした。
いやぁ、2010年7月、今夜も暑いですが、しっかり生きていきましょう。




■「生活目線でがんを語る会」は、こちらから録画で観られます。
Ustream.tv: ユーザー saohki: 生活目線でがんを語る会, 「生活目線でがんを語る会」というのを2010/7/23に六本木でやります。 開催日時:2010年7月23日(金曜日) 19時受付 19時半開始 場所:東京ミッドタウン・タワー21F シスコシステムズ合同会社 セミナールーム ht...
ツイッターでハッシュタグ#ganlifeを見ると、当日のツイートも見られます。

■一人目に登壇した、あまのゆかさんのブログ(このイベント開催にあたっての記事)
私はなぜ勉強会を開きたいのか - そらとぶかもめの「いきることば」−ガンに負けない


この本が、会の最後の方で紹介されていました。

愛する家族がガンになったら―心をささえてくれる21の言葉

愛する家族がガンになったら―心をささえてくれる21の言葉

*1:途中、息子が起きちゃったりで、ちゃんと観られてないところもありますが、すみません