kobeniの日記

仕事・育児・伏し目がちなメガネ男子などについて考えています

新聞とブログに、ちょっとずつ足りないもの

こんばんはkobeniです。いつもブログを書く時は、けっこう長い文章に限っていたのですが、最近ヒマだから「ちょっと思ったんだけどさー」くらいのことも書いてみたいと思います。そのくらいの気分で読んでいただければ。ヨロシク。



先日、会社の先輩と「新聞を読むか否か」について話す機会があった。先輩は読んでいるようで、「やっぱり新聞を読んでいる方が、大小ジャンルさまざまなニュースに触れられて視野も広がるし、日経なんかはビジネスマンであれば必須だし」というようなことを言っていた。けれど私は今、ぶっちゃけ新聞を取っていないので、新聞を読まない理由を説明したりした。「読めない日があってそれが部屋に積み重なっていくとプレッシャーでイヤだ」「昔は取っていたが今は、仕事柄あまり必要と感じないし、ネットにもニュースが流れてくるのでそれを消化するので精一杯」「新聞が事実ベースの中立的な報道をしている時にも、ブログなどの記事が、なんらかのスタンスでつっこんで伝えてくれたりするので、そっちが好き」みたいなことを答えた。どっちかというと、ネット派の30代という感じの答え方をした。



でも、最近、ホメオパシーや児童虐待のことを色々見て、やっぱり大手マスコミの存在はでかいなと思った。ホメオパシーについて、ビタミンK2の問題を機に新聞各誌が警鐘を鳴らしたことで、やっと「これは問題がある」という社会的な認識ができてきたように感じる。なんだかんだ言って、やっぱり大手新聞を信頼していたんだなと私自身、思ったりした。児童虐待については、個人的に気になるニュースだったので、出てきた情報をつぶさに追いかけてみた。基本的には、マスコミ(新聞・ネット)の「事実ベースの報道」+はてなを中心にブログで「感想」を拾う形になった。そもそも、この観測範囲自体が偏っててヘンという意見はあると思うけれど*1、今のところ私は、はてなでブログ記事を拾っている。事実ベースの報道(主に供述)は、マスコミからは事件から数日で出てこなくなった。もっと広く深く突っ込んで原因を究明した情報が欲しい。どここかに情報はないかと検索しても、ブログは基本的には「感想(二度とあっちゃならない…とか)」や「フツーの人とはちょっと違う物の見方」が中心だった。後者は個人的にニーズにかなっていたものが多く、勉強になったけれど、やはり専門家の意見ではないという点で、モノ足りないというのが正直なところだった。



事件後、朝日新聞が「孤育て」という連載を始めたりなど、新聞は本誌やネットで特集記事を組み、さらに突っ込んだ原因分析や解決策提示をしているので、さすがだと思った。かといって、読んでも何か物足りなさが残る。雑誌(週刊誌)などでも同じだ。その原因はおそらく、「私が一人でこれを読んでても、みんなも読んでるのかわからないし」みたいな感覚のせいかもしれない。
はてブはてなブックマーク)は、色々問題点も多いと思うが、私はけっこう好きだ。「みんながどう思うか」という世論を知ることができるから。もし記事の報道が偏っていたとしても、誰かが指摘してくれるだろうという安心感もある。この、「報道と世論が同時に知れる」ということは、ややもすれば無関心になりがちなニュースに対し、なんとか自分の意見を確立していきたいと思う人(私も含む)にとって、新しいし、かなり便利な仕組みだと思っている。
けれど、朝日新聞の「孤育て」最近の記事
asahi.com(朝日新聞社):〈はぐ〉孤育て――子が急病 働くママ応援 - はぐは、ブクマ1だ。1っておい。ネットでは、ニュースに対する興味関心がものすごいスピードで移り変わる。みんな3日後には忘れてる、くらいのスピード感だ。突っ込んだ分析をするなら、最初の報道後、ほんの数日間で行いUPする必要があり、それは実質的に、かなり不可能に近いのではと思う。(だからブログでは「感想」しか上がりにくいのかもしれない)



ほんとうは私は、新聞や雑誌も、もう全部web上に乗っけてよ。と思っているのかもしれない。いくら「ブログ論壇」みたいなことが言われていても、やっぱりプロのジャーナリストや記者とブロガーは、全く同じではないと思っているところがある。ネットの方にプロが多い分野もあると思うし、ブロガーと記者が拮抗しているジャンルも絶対ある。でも児童虐待は違った。児童相談所の人の、かなり詳細に突っ込んだブログ記事がサッと上がって、それを事件の2日目にみんなで読む、というような事を期待したけれど、そうはならなかった。だから、まだまだマスコミのプロの取材力や分析力、記事構成力に期待してしまうのだ。でも、いくら今の新聞がすごくても、おじさんおばさんしか読んでないならイミがない。*2問題を表面的になぞって終わりにしないように、事件を突っ込んで解説した週刊誌があったとしても、リアル・ネット界を問わず私の周囲で誰も読んでない=誰とも感想を共有できないなら、もはや読む気がしない。



マス「ゴミ」なんて言われつつも、新聞や雑誌はやはり、物事を広く、伝えたいと思う形で伝える術には長けている。でもスピードが遅いし、同じ年代の人が読んでない。ブログ記事はスピード感があり、読後の意見を共有できる。でも専門性と、信頼性に欠ける場合がある。



何がダメということではなくて、最近の私は、新聞とブログの間をつなぐようなことって何なのか、興味があるのかもしれないです。なんか、どっちも、惜しい感じがしているのかもしれません。もし同じようなことを思っている人がいたら、語り合いましょう。

*1:いやそれは本当にもっともな意見だと思うけれども

*2:最近の新聞に出稿されている広告を見ていると、これはもう定年してから読むものだ、くらいな感じになっている。頻尿の薬と懐メロのCDとかが多い