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kobeniの日記

仕事・育児・伏し目がちなメガネ男子などについて考えています

今、あえて「ポニョ」のリサについて熱く語る

育児 アニメ

皆さんは、この夏の話題作「おおかみこどもの雨と雪(リンク:映画「おおかみこどもの雨と雪」)」をご覧になりましたか?
私は公開して割とすぐに観て、感動してラストでボロボロ泣きました。ちょうど幼児の子育てまっただ中ということもあり、高いシンクロ率で鑑賞できたせいかと思います。あの作品はとても良かったと心底思っているのですが、観賞後からしばらく経って、主人公である母親「花」のことを考えれば考えるほど、「(「崖の上のポニョ」の)リサの方が好き!」という気持が募り、8月の金曜ロードショーのポニョ放映でその愛がMAXに達してしまいました。

せっかく、アニメの中の母親に興味を持ったので、リサについてもっと理解したい!と思い、お盆休みから、計12時間半もあるポニョの制作ドキュメンタリーを観ておりました。ドキュメンタリーといっても、その大半が「絵コンテを描く宮さん(宮崎駿)」と「原画チェックをする宮さん」の映像なのですが。
毎晩それを観続けた結果、「へー、宮さんって愛妻弁当のおかずをワンタンスープにつけて食べるんだー」とか「宮さんって、誰もいないアトリエの暗がりに向かって『おはようございます』って挨拶するんだー(←怖い)」とか、どんどんパヤオヲタになっていく自分がちょっと怖かったです。
通して観るだけでも大変だったのに、この12時間半のうち、リサがクローズアップされることはほとんどありませんでした…orz とはいえ作品についての理解はかなり深まったので、今あえて「崖の上のポニョ」のリサについて熱く語る!というのをやってみたいと思います。「おおかみこども」の花も、ちょっと出てきます。※長いです、すいません。しかしこの記事なら12時間半はかかりませんので、おつきあいください。



■少女のような、色気のある、お母さん

リサという人は宮崎アニメの中では、希有なキャラクターであると思います。宮崎アニメには女性キャラがたくさん出てくるし、主人公が女性であることも多いです。その中で「母親のような少女」はたくさん出てくるけれど「少女のような母親」はあまり出て来ないからです。

宮さんは人物を描く時に、その人を多面的に描いて深みを出すところがあると思います。女性なのに強い権力欲があるとか、少女なのに虫が好きとか、おばあさんなのに活動的とか。すばらしい人物には欠点があり、悪者にも愛すべきところがある、などのギャップがキャラクターの魅力を増しています。「少女なのに母親っぽい」もそのひとつ。子供たちに頼られ包容力のあるナウシカや厨房を取り仕切るシータ、実の母よりしっかり者のアリエッティなど、まるで母親のように成熟した一面を見せる少女はよく出てきます。
けれど、その逆の「母親なのに少女っぽい」キャラは、あまり出てきません。お母さんのキャラで目立つのは、魔女の宅急便のオソノさんや、ラピュタの親方の奥さん、ドーラのような「肝っ玉母さん」系。あるいはトトロのお母さんのような「病床の母」。これらはおそらく宮さんのお母さん(勝ち気な人だったそうです。宮さんが小さい頃、ずっと病気を患っていた)がモデルになっていると思われます。
もっと言うと、宮崎アニメの女性キャラから「(異性にアピールする存在としての)女」を感じることはあまりないような気もします。リサは母親だけど、少女らしさと女らしさも持ち合わせている点で、珍しいキャラクターだということです。



こういうとこは少女っぽい(「千と千尋」の千尋と同じ寝方ですね…)


これは新妻っぽい(夫の船が帰ってきて、金麦妻のように喜ぶリサ)

孫引きになってしまいますが、エヴァンゲリオンの庵野カントクと、ジブリの鈴木プロデューサーは、過去にリサについて下記のように語っています。


庵野・お母さんが宗助を置いて車で行っちゃうじゃないですか、で二人きりになるあたりから、まあ、あんまり乗れない感じ。それまではすごいよかったですよ。特にあのお母さんがいい。
鈴木・色気がありすぎるんじゃないか。
庵野・いや、それがいいんですよ。いままで宮さんになかったものじゃないですか。
鈴木・宮さんがね、あれは近藤勝也(作画監督)がやっていて俺じゃないからって。
庵野・そうそう、それがいいんですよ。いままでの宮さんにはできなかったこと。
鈴木・すっごい色気があるんだよね。
庵野・いいですよ、線だけでそれを出しちゃう。宮さんが手を入れてないところが良かった。あれにまた手を入れ直したらぶちこわしだったのを、そこをグッと抑えているのが大人になったというか、年を取った。
鈴木・さすがだな〜、よく見てる。(笑)

庵野秀明愛ゆえに宮崎駿を斬る!: シンジの“ほにゃらら”賛歌


■ 母である前に、一人の人

少女らしさや女らしさを残した母親を描くには、作り手が視点を子供側から親側に持たなければ難しいと思います。なぜなら、母親というものは基本的に、その子供に「少女らしさや女らしさ」など見せないよう振舞うからです。子供側の視点で母親を見ている限り、その人物が少し前までは女として人と愛し合っていたとか、さらに前は彼女もまた「娘」であったとか、そういうことはなかなか想像できないし、さして知りたくもない部分ではないかと思います。
おおかみこどもの雨と雪」には、ひとりの女性が母親になる前後の過程が丁寧に描かれています。細田監督自身が親になる年齢に近づいてきたことで、「それまでふつうの女性だった人が母親になる」という過程をドラマにしよう、と思えたのではないでしょうか。
実際に親になってみると、親もまた、ただの未熟な人間で、なんら完成された存在ではないということが分かります。自分の母親もまた、悩んだり試行錯誤して私を育てたんだろうなあと、親を一人の人間として見られるようになってきます。そういう視点から描かれるアニメがあってもいいだろうと思うのですが(アニメ以外のジャンルではさして珍しいことじゃない気もしますし)、作り手の年齢が親側に近づいてこなければ、なかなかそうは思えないかもしれません。

庵野カントクは宮さんを「年を取った」と評していますが、リサというキャラクター自体、晩年の宮さんだからこそ出てきた存在なのかもしれません。年齢的には既に、祖父の立場といえますから。



■ ピンクの花、青のリサ

リサは、息子に自分を「お母さん」や「ママ」ではなく「リサ」と呼ばせています。いちど「ママ」と呼ばせてしまえば、庇護する親−される子、という関係は日々どんどん固定されていく気がしますが、名前で呼ばせることで「私は母親である前にリサという一人の人です、あなたもその人と一緒に暮らす一人の人です」という印象がグンと増します。私もときどき、理不尽過ぎる息子のワガママに「君さ、この家のメンバーシップを無視したようなその発言はどうなの」とか言いたくなる時がありますが(言いませんが)、実際にマネするかどうかはともかく、映画においては象徴的であると思います。
「おおかみこども」の母親である花は、田舎に引っ越す前に、まだ乳幼児の子供たちに向かって「ねえ、これからどうしたい?」と聞きます。もし、いわゆる「母親」を強調するなら、あの場面では「お母さんね、あなたたちを連れて田舎へ引っ越そうと思うの。その方が、あなたたちにとっても良い未来になると思うからよ」といった台詞になるはずではないでしょうか。友達に話しかけるようなあのシーンは、母親になりかけていて、まだなりきれない彼女の、「一人の人」っぽさがよく表されていると思います。

ところでリサの「色気」って、いったいどこから感じられるんでしょう。また花との比較になりますが、細田監督が花に色気を加えたのは「農作業のシーン」らしいです。…確かに、畑を耕す時に、パンツがちょっと見えてました。リサは、あのトレンチコート(レインコート?)とか、サブリナパンツかもしれません。「麗しのサブリナ」といえば、ヘプバーンがパリ生活で大変身し美しくなって戻ってくる話ですが、リサには、「母親である前に女」の国・フランスのエッセンスがちょっと入っているのでしょうか。
リサは、服は青いのですが、車とエプロンがピンク色です。花は、全体的に服がピンク色。「少女」のエッセンスが、ピンクに残っている気がします。



■ 宗介一家がうまれた背景

ポニョのドキュメンタリーによると、リサはイメージボード(絵コンテより前の、作品の世界観をざっくり表したイラストの状態)のかなり初期の時点で、既に存在していました。紺色のピッタリした服を着て、不機嫌そうな顔をしているイラストがありました。
そんなに初期から居るのに、ドキュメンタリーでリサの話題はほとんど出てきません。彼女のことを知るには、その周辺情報で想像していくしかありません。
ポニョの舞台は、宮さんが書いた「覚書」(スタッフに世界観を伝えるための文章)によれば
「現代の日本を、ちょっと理想化する」と定義されています。
そして宗介一家について宮さんは、「作画監督の近藤さん一家」がモデルと言っていました。ちなみに、ポニョは、近藤さん家の娘さん(制作当時3歳)がモデルになっているそうです。
近藤勝也さんは、先述のインタビューにも出てきましたね。ポニョでは宮さんの次に偉い人くらいの立場でお仕事されていました。たぶん、毎晩帰りは遅かったことでしょう。リサが、「きょう帰れなくなった」と残業を告げる夫にブチ切れるシーンがありますが、あれは…近藤さんのことではないかと思います!近藤さんの奥さんがリサみたいな人なのかは不明なのですが、もしかしたら夫に「BAKAAAAAA」と言えるくらいは勝ち気な奥さんなのかもしれません。いずれにせよ、リサのキーを握るのは近藤さん、ということは間違いない気がしますね…ぶっちゃけ、いかにも奥さんにBAKAAAAって言われてそうな(言われてもニコニコしてそうな)優しそうな方でした…
(※この、キュートなキキを描いたの近藤さん)
新居浜物語(新居浜市公式ホームページ) > 新居浜市制75周年記念事業「ジブリの動画家 近藤勝也展」

おそらくですが、宮さんにとって、リサは「理想のお母さん」ではないと思います。映画の後半に出てくる、赤ちゃんを抱っこした、昭和のお母さんみたいな人を描いている時の方が、イキイキしてました。現代の母親とそのライフスタイルを、リアリティを持って描いた結果、あの家族の形にたどり着いたのではないかと想像します。
いっぽうで宗介には、幼年期の自分を重ねるくらい、思い入れている感じがしました。宗介を育てているのはリサですから、おのずとリサにも、ある程度の理想を込めて描くことにはなると思うのですが。



■ リサの子育てメソッド

宗介を魅力的な主人公にするためには、実質ひとりで子育てをしているリサの子育てメソッドが魅力的である必要があります。

宗介は、水道タンクがあるから水が出るとか、プロパンガスだから嵐の夜でもガスが使えるとか、そういうことを良く知っています。自分で火もつけられるし、サバイバル能力みたいなものを持っています。嵐の夜の、リサの行動を見ていると、ああいった自然の中に暮らす人ならではの、慣れた感じがありました。リサは、お勉強はあまり教えてなさそうな感じなのですが、火や水の扱いなどについては、宗介にしっかり教えているんだなと分かります。そのあたりは、宮さんの世界観、子育てに対する考え方が色濃く出ている気がします。
(ポニョと同時進行で、保育園を創ってしまった彼の子育て思想については、「虫眼とアニ眼」が参考になります)

虫眼とアニ眼 (新潮文庫)

虫眼とアニ眼 (新潮文庫)

ちなみに私がリサを好きなのは、「子育てにおいて、自分で決めたライン以下はテキトーにやる」というところが、見てて気持がいいからです。リサはデイケアセンターで働いてもいるので、親業もある程度は手を抜かないとやっていけないんでしょう。私のTwitterのタイムラインには、リサが好きというママがけっこういました。テキトーなところもあるけれど、宗介を抱きしめるシーンは、映画の中で数回出てきます。ポニョと宗介を家に招き入れるシーンとか「やるべき時はちゃんと親をやる」というところが、とても好ましいです。

これは好みの話ですが、私は勝ち気でサバサバした人が好きなんです。「リサだったらこんなことで悩まないだろうなー」とか、そういう風に想像しちゃうくらいには、彼女のようでありたいと思う昨今です。除草剤に関しては怒りすぎですが。
山口智子さんの声が上手すぎて、(設定上の)25歳って感じが全くしないのですが、逆に子育ての先輩っぽく見えちゃいますね。



■ ポニョと児童文学

ポニョについては公開当時、賛否両論あったような気がします。「ラピュタ」のような活劇や「もののけ姫」のような強いメッセージ性を帯びた宮崎アニメに慣れた大人にとっては、ポニョのストーリーは「え、これだけ?」という風に感じられたのではないかと思います。
私がポニョを好きになったのは、子供に絵本を読んであげる習慣ができた後でした。絵本を色々読んでいると、子供にとってどんなお話が魅力的なのか、いつも考えさせられます。わけがわかりすぎても良くないし、わからなすぎても良くない。子供は大人よりも、ずっとずっと想像力がたくましいですから、生半可なファンタジーや予定調和の物語じゃ、相手ができないのだと思います。ポニョを絵本と同じように、ある種の児童文学として観ていたら、すごく良くできた作品だなと思うようになりました。
そもそも、ポニョが創られたのは、宮さんが「祖父」の年齢になったことで、孫世代にあたる幼児が彼の視界に入ってきたからでしょう。ラピュタもののけ姫とは、対象にしている「子供」の年齢がぜんぜん違うのですよね。

公開当時、リサは「嵐の夜に子供をひとり置いていくとは何事だ」といった批判も受けていたんだそうです。けれどそれは、「おしいれのぼうけん」で「子供をおしいれに入れるとは何事だ」と批判するのと同じくらい意味がないと思います。子供を押し入れに入れる大人がいなかったら、あの絵本の冒険は始まりません。絵本の世界には、親をひとりでお迎えに行ったり、おつかいに行ったり、おばあちゃん家まで歩いたり、子供たちが小さくて大きな冒険をする作品がたくさんあります。せめて物語の中くらい、のびのび自由に冒険させてあげたいと思います。


「僕は大人の小説には向いていない人間だと決めたんです。児童書の方がずっと気質に合うんです。何が違うかといったら、児童書は、やりなおしがきくという話ですよ。まあ、やり直しがきかない話をロバート・ウェストールは結構書いていますけど。でも、やっぱり基本的に彼は、この世は生きるにあたいする何かがあるというふうに書いていますよね。」

岩波少年文庫の50冊 宮崎駿インタビューより)

最後になりますが、宮さんは、ポニョのドキュメンタリーの中で、「これ(ポニョがやってくる時に、巻き起こる嵐)を、『大災害』にはしたくない」と、繰り返し言っていました。最初は、「人類にお灸を据えたい」くらいの気持で創り始めた映画だった、と言っていましたが、制作過程でどんどん違った感じになっていきます。あの映画では人が一切死なないし、海に沈んでしまった町も元通りになります。荒れた海から、街の人を守ろうとする(リサの車を止めようとする)男の人たちまで、ちゃんと救っているんですよ…!ポニョのテーマは、「海が怒っている」とか、そういう単純なことでは全然ないんだよなあと、私は思っています。


ポニョはこうして生まれた。 ~宮崎駿の思考過程~ [DVD]

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★参考、おまけ

「少女のような母親」については、こちらの記事もぜひどうぞ!彼女にはいろいろとヒントをもらってこの記事を書きました。
日曜日はマルシェでボンボン - ものがたりとごはん

過去に私は、はじめてポニョを観た直後にも記事を書いていたようです
ポニョで崖っぷち少子化対策 - kobeniの日記

上記の記事でも引用させて頂いている、堀越英美さんの記事。「働くママさん、ポニョに癒される」
Webマガジン幻冬舎

ロバート・ウェストールについてはこちらを参考に
2012-04-04 - 水曜日のワタシとアナタ